大阪高等裁判所 平成6年(ネ)1704号 判決
控訴人(被告) 西川貞子
右訴訟代理人弁護士 浜田次郎
被控訴人(原告) 山本曻榮
右訴訟代理人弁護士 敦賀彰一
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、(控訴の趣旨)
原判決を次のとおり変更する。
1. 被控訴人の控訴人に対する京都地方裁判所昭和五四年(ワ)第五九二号貸金請求事件の判決主文第一項掲記の貸金債務は、元本一〇〇〇万円を越えては存在しないことを確認する。
2. 被控訴人のその余の請求を棄却する。
3. 訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。
二、(控訴の趣旨に対する答弁)
主文同旨
第二、当事者の主張
一、請求原因
1. 訴外西川政一(以下「政一」という)は被控訴人に対し、昭和四八年一月一〇日から同年六月五日までの間、五回にわたり合計二七五〇万円を貸し渡していたが、その支払いを求める訴えを提起した(京都地方裁判所昭和五四年(ワ)第五九二号貸金請求事件)ところ、左記主文の政一勝訴の判決があり、この判決は昭和五五年四月三日ころ確定した。
「被控訴人は政一に対し、金二七五〇万円及び内一〇〇〇万円に対する昭和五〇年五月一日から、内一七五〇万円に対する昭和五一年五月一日から各完済まで年三割の割合による金員を支払え。」
2. 政一は平成五年四月三日死亡し、遺言により控訴人が右確定判決によって確定された貸金債権を相続した。
3. 右判決確定の時から一〇年が経過したので、平成二年四月四日限り右債権は時効によって消滅した。
4. 被控訴人は本訴において右消滅時効を援用する。
二、請求原因に対する認否
請求原因1及び2の事実は認める。
三、抗弁
政一は昭和五一年一一月二二日、右貸金債権の内一〇〇〇万円を被保全権利として、被控訴人所有の別紙物件目録記載の不動産に対し仮差押命令を得てこれを執行したが、そのうち同目録(三)ないし(五)の不動産についてはその登記が現在まで存続しているので、本件貸金債権の消滅時効は現在にいたるまで中断したままである。なお、政一は、昭和五五年一〇月、右確定判決に基づき、別紙物件目録(一)(二)の不動産につき強制執行として競売の申立てをしたが、再三の入札にもかかわらず買受希望者がなく、やむなく昭和五七年一〇月一四日頃政一がこれを買い受けてその配当も受け、これによって執行手続は終了した。
四、抗弁に対する認否
抗弁事実は認める。しかし、仮差押えによる時効の中断の効力は、執行後一〇年で消滅するか、または、これに後続する本案訴訟の確定判決に吸収されて判決確定後一〇年を経過した時に消滅するものと解すべきである。
第三、証拠〈省略〉
理由
一、請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがなく、同3及び4の事実は当裁判所に顕著である。
二、さらに、抗弁事実自体についても当事者間に争いがないところ、民法の規定によれば、仮差押えも差押えと並んで独立の時効中断事由とされており(一四七条二号)、また、中断した時効は、その中断事由の終了した時からさらにその進行を始めるものとされている(一五七条一項)ので、仮差押えによる時効中断の効力はその終了の時まで存続することになるが、時効中断事由としての仮差押えが何時終了したとみるのかは必ずしも明らかではない。この点につき、従来の判例・学説は、仮差押えが本執行に移行したときは本執行手続終了の時(すなわち配当手続の終了の時)であり、本執行に移行しないときは仮差押えが存続する限り何時までも終了せず、したがって時効中断の効力も存続し、被保全債権の存在を認める本案判決が確定した後、確定判決によって確定した権利の時効期間(一七四条ノ二)が経過した場合においてもなお、時効中断の効力は存続するものと解するかのようであるが、その理論的根拠が明らかでないばかりでなく、結果の妥当性という観点からも、容易に受け入れがたい見解というほかはない。
もともと仮差押えは、金銭債権につき、将来における強制執行を保全するため、債務名義を必要とすることなく、被保全権利と保全の必要性とを疎明するだけで発せられ、執行されるものであって、それ自体権利存在の公けの証拠となるものではないし、また、権利の実行行為というよりはむしろその準備行為というべきものであるから、不動産について仮差押えの登記がなされているような場合であっても、その登記が存続する限り時効の基礎が否定され続けていることになるわけではなく、また、債権者がその登記を放置している限り権利の上に眠っていると評価することも可能である。
さらに、仮差押えにおいては、将来における本執行への移行が予定されているとはいえ、執行保全のための手続としてはそれ自体で完結しているものであるから、不動産仮差押えの場合ならば、仮差押えの登記と仮差押命令の債務者への送達とによって民事保全としての仮差押えの手続は終了し、その後は目的物についての処分禁止の効力のみが存続するにすぎないというべきである。
以上のような観点からすると、時効中断事由としての仮差押えは、その執行手続と仮差押命令の債務者への送達とが終わった時、不動産仮差押えの場合であれば、目的不動産への仮差押えの登記と仮差押命令の債務者への送達とが終わった時に終了し、その時から再び新たな時効が進行を開始するものと解するのが相当というべきである。
仮に、以上のような見解を採りえないとしても、仮差押え後その被保全債権について最も基本的な中断事由である裁判上の請求がなされ、その勝訴判決が確定したような場合、仮差押えによる時効中断の効力はこの確定判決の時効中断効に吸収され、一〇年の時効期間の経過によって消滅するにいたるものと解するのが相当である。
これを本件事実関係に当てはめると、昭和五一年一一月二二日の仮差押え(債務者への送達もその直後ころ終了したものと推認される)により、本件貸金債権について一旦時効は中断されたのち直ちに新たな時効が進行を開始し、本案訴訟の提起によってさらに時効が中断され(またはその時まで中断効が存続したのち)、同五五年四月三日のその勝訴判決が確定したのちさらに時効は進行を開始し、昭和五五年一〇月に右確定判決に基づいて別紙物件目録(一)(二)の不動産につき差押えがなされ、昭和五七年一〇月一四日頃にその執行手続が終了した後一〇年が経過したことにより、結局、平成四年一〇月一四日限り本件確定判決に基づく貸金債務は時効によって消滅するにいたったものといわなければならない。
三、よって、被控訴人の請求を認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担については民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤原弘道 裁判官 辰巳和男 原田豊)
〈以下省略〉